イタリア20州の食卓を巡る旅|第4回 トレンティーノ=アルト・アディジェ州:アルプスの麓で出会う、イタリアとドイツの交差点

「ここ、本当にイタリア?」——初めて訪れた人が思わずつぶやく州が、イタリア最北端に位置するトレンティーノ=アルト・アディジェ州です。
看板はドイツ語とイタリア語の二か国語表記、街に漂うのはビールとハムの香り、クリスマスマーケットが立ち並ぶ冬の街並みはオーストリア、チロル州の州都のインスブルックにそっくり——。それもそのはず、この州の北部「アルト・アディジェ(南チロル)」は、第一次世界大戦後までオーストリア=ハンガリー帝国の領土でした。食文化においても、パスタよりスープ、オリーブオイルよりバター、そして燻製ハムが食卓の主役という、イタリア20州の中でもひときわ個性的な場所です。
今回は、絶景の世界遺産ドロミーティから、スペックとワインの物語まで、この不思議な二重文化の州をたっぷりご案内します。
Contents
トレンティーノ=アルト・アディジェ州とは?——イタリア最北の「二つの顔」
この州は実質的に、文化も言語も異なる二つの地域に分かれています。
- 州都:トレント(南部・トレンティーノ地方の中心)
- 位置:イタリア最北端(オーストリア・スイスと国境を接する)
- 二つの地域:南部のトレンティーノ(イタリア色が強い)/北部のアルト・アディジェ(ドイツ・オーストリア色が強い)
- キーワード:スペック・カネーデルリ・ドロミーティ・白ワイン・リンゴ
北部アルト・アディジェの中心地ボルツァーノでは、ドイツ語が公用語の一つとして認められ、住民の多くがドイツ語を母語とします。一方、南部トレンティーノはイタリアらしさが残り、ポレンタやパスタも食卓に登場します。同じ州でありながら全く異なる顔を持つ——それがこの州の最大の魅力です。
世界遺産ドロミーティ——天を突く岩峰とアルプスの絶景
この州を語るとき、まず触れなければならないのがドロミーティ(ドロミテ山塊)の存在です。3,000mを超える鋭い岩峰が連なるこの山岳地帯は、2009年にユネスコ世界遺産に登録されました。
ドロミティ
州のほとんどが山岳地帯で、森林が土地の70%以上を占めています。農耕に使える土地は限られていますが、その厳しい自然条件がこの地の食文化を独特なものにしてきました。冬の寒さを乗り越えるための保存食の知恵、少ない農地を最大限に活かすハーブや山の恵み、そして体を温めるためのカロリー豊富な料理——それらがすべてこの地形から生まれています。

州都ボルツァーノはドロミーティへの起点となる街で、オーストリアやドイツ、土着のラディン文化が融合した独特の雰囲気があります。冬にはクリスマスマーケットが立ち並び、ホットワインとスペックの香りが漂う様子は、イタリアというよりもまるでオーストリアの山岳都市のよう。「なんだか不思議だけど、すごく居心地がいい」という旅人が多いのもうなずけます。
「イタリアなのにドイツ的」な食文化——保存食と山の知恵
この州の食の最大の特徴は、パスタよりも団子やスープが主役という点です。厳しい冬を生き抜くための知恵として、保存がきく食材と体を温める料理が発展してきました。
アルト・アディジェ(州北部)はオリーブオイルはほとんど使われず、バターと豚の脂が料理の基本。キャベツ、じゃがいも、大麦、ライ麦などが主要な食材で、スパイスの使い方にもどこかオーストリア・ドイツの影響が感じられます。トレンティーノ(州南部)に行くとポレンタやパスタも登場し、イタリアらしさが少し戻ってきます。
代表的な郷土料理——日本では出会えない珍しい一皿たち
スペック(Speck)
この州を代表する最重要食材です。豚のモモ肉を塩・スパイスで漬け込み、燻製と天日乾燥を繰り返して仕上げる生ハムで、アルト・アディジェのDOP(原産地名称保護)認定品。イタリアの生ハム「プロシュート」と似ていますが、スモークの香りがある分、よりクセがあり奥深い味わいです。どこのレストランに入っても必ず出てくるほど、この地の生活に根付いた食材で、薄くスライスしてそのままはもちろん、料理の風味づけとしても大活躍します。

カネーデルリ(Canederli)
古くなったパンを牛乳と卵でまとめ、スペックやチーズ、ほうれん草などを混ぜ込んで団子状にしたものです。ドイツ語では「クネーデル」と呼ばれ、オーストリアからやってきた料理。ブロード(スープ)に浮かべて食べるスタイルが定番ですが、バターと冷やして食べたり、揚げたりと食べ方もさまざまです。「残り物を無駄にしない」という農民の知恵から生まれた、素朴で滋味深い一皿です。

ザワークラウト(Sauerkraut/イタリア語:Crauti)
キャベツの千切りを塩とスパイスで約一か月間乳酸発酵させた保存食。酢漬けではなく発酵食品なので、乳酸菌が豊富でビタミンCも多く含まれます。管理栄養士として特に注目したい一品!スペックと一緒に白ワインで炒めた「クラウティ・アッロ・スペック」がこの地の定番スタイルです。

アップルストゥルーデル(Apple Strudel)
薄く伸ばした生地にりんご・レーズン・松の実を包んで焼いた、この州を代表するお菓子です。オーストリアのお菓子としてのイメージが強いですが、かつてオーストリア領だったこの地では今も郷土菓子として愛されています。温め直してカスタードソースや生クリームを添えて食べるのがこの地のスタイル。この州はヨーロッパ有数のリンゴ産地でもあり、りんごを使った料理やお菓子がいたるところに登場します。

リゾット・コン・レ・メーレ(リンゴのリゾット)
リンゴをリゾットに入れるという、初めて聞くと「え?」となる料理ですが、りんごの甘酸っぱさとチーズのコクが意外なほど合います。この州がリンゴの一大産地であることを実感できる、ローカルならではの一皿です。

ワインの世界——白ワインの宝庫と個性豊かな土着品種
「イタリア最北端の産地」というイメージから、ワインには詳しくない州と思われがちですが、実はワイン通の間では高く評価される産地です。生産量の約72%が白ワインという、イタリア全土でも珍しい「白ワインの州」。昼夜の大きな寒暖差と山のミネラルが、香り豊かでフレッシュな白ワインを生み出します。
🥂 ゲヴュルツトラミネール(Gewürztraminer)
ライチやバラのような華やかな香りで知られるアロマティック品種の白ワイン。実はこの品種の名前の由来となった「トラミン(テルメーノ村)」はアルト・アディジェにある村で、この地がゲヴュルツトラミネール発祥の地という説もあります。スパイシーな肉料理やチーズと合わせると絶品です。
🥂 ピノ・ビアンコ(Pinot Bianco)
アルト・アディジェで最も愛されている品種の一つ。柑橘系の果実味と爽やかな酸が特徴で、スペックのアペリティーヴォにぴったりです。食前酒として現地の人が日常的に楽しむ、この地のソウルワインといえます。
🥂 トレント・スパークリング(Trento DOC)
南部トレンティーノで造られる瓶内二次発酵のスパークリングワイン。標高350m以上の高地で育ったシャルドネから造られ、フレッシュで爽やかなアロマとミネラル感が魅力です。生産者フェッラーリ(Ferrari)が牽引するこのスパークリングは、近年イタリア国内外で急速に評価が高まっています。辛口が主流ですが、甘口もあります。
フェッラーリと聞くと車を思い浮かべるかもしれませんが、こちらはトレンティーノを代表するスパークリングワインの名門。名前は同じでも、グラスの中で輝く“もう一つのフェッラーリ”です。
先日、フェッラーリのスパークリングのDemi sec(やや甘口)を購入しました。

アルコール度数は12.5%ですが、香りが豊かでそれを感じさせず、ついつい飲みすぎてしまいました。ブルーチーズや生ハムなどはもちろん、意外かもしれませんが、和食にも合う懐の広さ。

🍷 テロルデゴ(Teroldego)
この州の土着の黒ブドウ品種。ドロミーティに囲まれた狭い平地「ロタリアーノ平野」でしか栽培されない希少な品種で、スミレや熟したベリーの香りにスパイシーさが加わる個性的な赤ワインです。シラーの親戚品種のためスパイシーさがあり、ジビエ料理との相性が抜群。ワイン好きならぜひ一度試してほしい一本です。
管理栄養士の視点|発酵食品と山の保存食の知恵
この州の食文化を栄養士の目で見ると、「保存と発酵の知恵」が随所に光ります。
ザワークラウトの乳酸菌
長期発酵で生まれる乳酸菌は腸内環境を整え、ビタミンCも豊富。冬に新鮮な野菜が手に入らない山岳地帯で、この発酵食品は貴重なビタミン源でした。現代の腸活ブームにも通じる先人の知恵です。
スペックのタンパク質
厳しい冬の労働を支えた良質なタンパク源。塩とスパイスによる保存技術で、長期間保存できるよう工夫されています。
カネーデルリの「もったいない」精神
古くなったパンを無駄にしない料理は、現代のフードロス削減の考え方そのもの。少ない資源を最大限に活かす山の知恵は、サステナブルな食文化の原点ともいえます。
白ワインと山の料理
重たい脂質の多い料理には、フレッシュな酸の白ワインが口の中をリセットしてくれます。現地の人が重たい料理に軽やかな白ワインを合わせるのは、長年の経験から生まれた自然な知恵です。
東京で出会う、トレンティーノ=アルト・アディジェの味
この州の料理を専門に出すレストランは日本ではまだ少ないですが、なんと都内で見つけることができました!
三輪亭(ミワテイ)
トレンティーノ=アルト・アディジェ特別自治州の北半分である、通称南チロルのレストランです。
「肉料理を学びたい」という思いから、北イタリア、トレンティーノ=アルト・アディジェ州にある小さなリストランテ「Pichler」で修業した三輪シェフが腕をふるうレストラン。
南チロル料理はハンガリー料理やオーストリア料理の影響を受けているそう。
自宅でトレンティーノ=アルト・アディジェ気分!旅するお取り寄せ
ジビエの生ハム(スペックなど)
遠方にお住まいの方もふるさと納税やオンラインストアでスペシャリテを楽しむことができますよ。バゲットとチーズと合わせてどうぞ!
三輪亭の伝統料理でスペシャリテでもある「グーラッシュ」もセットになっています。
トレント・スパークリング(フェッラーリなど)
フレッシュで洗練されたイタリアの泡。フランチャコルタとはまた違う、山のミネラル感が魅力です。
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アップルストゥルーデル(冷凍)
輸入食品店で見かけることも。温めてバニラアイスを添えれば、あの味がおうちで再現できます。
こちらは長野県信州蓼科町産のりんごを使ったこだわりアップルトゥルーデルです。
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まとめ|イタリアの中の「もうひとつのヨーロッパ」へ
トレンティーノ=アルト・アディジェ州、いかがでしたか?「イタリアなのにドイツみたい」という不思議な感覚は、島国の日本ではなかなか味わえない感覚。旅してみるとむしろとても心地よく感じられそうですね。スペックとビールで乾杯しながら、眼前にそびえるドロミーティの岩峰を眺める——そんな体験は、イタリア20州の中でもここだけにしかありません。
まずはスペックとゲヴュルツトラミネールの一皿から、この州の扉を開けてみてください。
次回は、ヴェネツィアを擁するヴェネト州へ。アドリア海の海の幸とプロセッコの泡、そしてティラミス発祥の地の物語が待っています!どうぞお楽しみに。









